有限会社大橋工業 努力をおしまず、精巧な技術で、未来をみすえてあらゆる金属加工・仕上げを行う会社です。
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NEWS 2011年3月11日(金)14時46分頃発生した東北地方太平洋沖地震についての
大橋工業が実際に目にした相馬〜南相馬のレポートです。
(弊社【社長のブログ】より抜粋しています)

【ブログ記事一覧 ---- 目次 ---- 】
※以下目次からは、直接ブログへジャンプします。

  ■ 地震1 (2011.3.18)  → ブログ記事はこちら
  ■ 地震2 (2011.3.19)  → ブログ記事はこちら
  ■ 救援物資 (2011.3.21)  → ブログ記事はこちら
  ■ 地震・津波・放射線 (2011.3.22)  → ブログ記事はこちら
  ■ 国道115号線 (2011.3.23)  → ブログ記事はこちら
  ■ 恐怖・・・・巨大津波******放射能。 (2011.3.24)  → ブログ記事はこちら
  ■ 大震災発生から二週間 (2011.3.25)  → ブログ記事はこちら
  ■ 真っ白な雪。 (2011.3.26)  → ブログ記事はこちら
  ■ 地震に強い岩盤。 (2011.3.27)  → ブログ記事はこちら
  ■ 震災発生から半月経過。 (2011.3.28)  → ブログ記事はこちら
  ■ 震災被害 (2011.3.29)  → ブログ記事はこちら
  ■ 震災の爪跡 (2011.3.30)  → ブログ記事はこちら
  ■ 震災の爪あと・・・2 (2011.3.31)  → ブログ記事はこちら
  ■ 地震被害から3週間 (2011.4.1)  → ブログ記事はこちら
  ■ 頑張れ・・・・・。(2011.4.4)  → ブログ記事はこちら
  ■ 日の丸 (2011.4.5)  → ブログ記事はこちら
  ■ 頑張ろう 福島 (2011.4.6)  → ブログ記事はこちら
  ■ 地震復旧 (2011.4.8)  → ブログ記事はこちら
  ■ 季節は巡る。 (2011.4.9)  → ブログ記事はこちら
  ■ 放射能測定ス (2011.4.11)  → ブログ記事はこちら
  ■ 震災より一ヶ月が過ぎ (2011.4.12)  → ブログ記事はこちら
  ■ 飯館村放射能汚染により計画避難地域指定 (2011.4.13)  → ブログ記事はこちら
  ■ 放射能降る阿武隈山系 (2011.4.14)  → ブログ記事はこちら
  ■ 梅は咲いたか・・・。(2011.4.16)  → ブログ記事はこちら
  ■ 公設相馬市場復興開放中 (2011.4.18)  → ブログ記事はこちら
  ■ 放射能と雪降る阿武隈山系 (2011.4.21)  → ブログ記事はこちら
  ■ 萌える花見山 (2011.4.22)  → ブログ記事はこちら
  ■ 玉野地区放射線説明会 (2011.4.23)  → ブログ記事はこちら
  ■ 放射線サンプリングU (2011.4.25)  → ブログ記事はこちら

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ブログ掲載:2011/3/18 【地震1】

写真は原町。
遠くに見えるのは原町火力発電所

3月11日14時過ぎに携帯の緊急地震警報が鳴り出し
地震が来ると心の準備はしていたが、ゆるやかな横揺れが何分も続き
やがて電気が止まり事態は深刻と判断して、従業員を帰宅させた。

電気が止まり、
テレビも視れないので車のラジオで津波が来る事を知った。


自動車や建物が津波にもまれて
御覧のように…

津波被害は深刻だ。
津波とは、
波が動くのとは違って、水がとてつもないパワーで次々と押し寄せ
建物など木っ端微塵に破壊していく。


ダンプカーでさえこんな状態に。

今回の津波で弊社でも
社員が1名消防の非難広報中に津波の犠牲に・・・・・・・・・。
又、社員の妻が浜街道を帰宅途中津波に飲まれ
田圃の中の車の中で発見され昨日順番待ちで火葬に・・・。

比較的安全とされていた相馬の海
多くの人は津波が着たら二階に上がれば非難できると安易な考えで
直ぐ脇に高台が有っても非難せず災害に合った人が沢山いる。

地震発生後の牛たち

地震発生後
酪農家は悲痛な状態に陥っていた。
電気が来ないのでミルカー(搾乳機)が動かないので搾乳出来なく
オッパイがパンパンに張り、牛達はウメキのような叫びを声を発していた。

因みに、一日このままの状態が続くと、乳房炎に掛かってしまい
乳房炎に掛かった牛は廃牛となって処分されてしまうので
時間との勝負で一刻も早く搾乳が急がれる。
事態は深刻でぎりぎりの状態で相談を受けた。

発電機をトラックで移動

弊社には、発電機が溶接用と発電用で三台あり、社員と二人で準備・配線・移動設置と
牛達の悲痛な叫び声にせかされ大急ぎで稼動させた。

同じ規模の酪農家が玉野地区には6軒あって三台の発電機でローテーションを組んで
深夜まで掛かって第一回目の搾乳を終え大変感謝されたと思う・・・・・・・。

写真の発電機をトラックで移動させ、
電気が開通するまで、2日間管理ボランティアを会社上げて取り組みました。

大橋工業、臨時の野外対策本部

大橋工業が臨時の野外対策本部に・・・。
部落長等との今後の対策を相談。

相馬市役所へ

相馬市役所へ
区長と供に、酪農家の搾った牛乳は加工工場が震災で被害を受け引取りまで
時間が掛かる為搾った牛乳は捨ててしまうので、震災にあって非難された方々に
届けられないかと市の職員の方々にあらゆる方面に問い合わせて頂いたが
煮沸する鍋が無かったり器が足りないなどで断念せざるを得なかった。
その後、私が頂いて社員や知り合いなどに配って大変喜んでいただいています。

寄せられた援助物資

相馬市役所に寄せられた援助物資
地震直後なのでこれだけしか寄せられておらず、市内からの援助物資が多かった。

玉野支所のガソリンスタンド

月曜日電気開通と同時に玉野支所のガソリンスタンドを開店
区長等と治安を守る為立会い
やっぱりいたヤクザ風の世捨て人
幸い私は会社に帰宅中だったが断るに一苦労だったと******。

何処から聞きつけるのか、知らないよその人も多かったし
2000円分(13リットル)の給油に200台以上が並んで予定数量修了。

友情義援物資

近所の食肉加工所から
友情義援物資が届く・・。
ありがたい・有り難い。

福島の西地区の豆腐屋さん

福島の西地区の豆腐屋さん
水道の給水が開始と同時に製造開始したが
配達するトラックの燃料が無く沢山出来たての豆腐を買い求め
社員や知り合いに配った。

緊急車両でラッシュの115号線

115号線
原子炉の放射能漏れにより、非難地区をさけて115号線は
援助隊などのトラックや緊急車両でラッシュ状態。
原子炉に冷却水の注入が失敗すれば
玉野地区も放射脳汚染に・・・
自衛隊と東京消防庁の注水の成功を心より祈るだけ。

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ブログ掲載:2011/3/19 【地震2】

大橋工業の物的被害は屋根の部品が外れたのとアスファルトに亀裂が入っただけでした
被害状況ですが・・・・・・。
一番の被害は原発の放射能漏れ。
何としても納品しなければならない製品が多く、弊社では月曜日から通常通り稼動しております。 ・・・が・・原発から40キロ前後の距離にあり福島工場の社員4名・相馬工場5人が家族と県外に避難。 隣の南相馬市では他県に避難してしまい相馬でも毎日自家用車で布団を積んで脱出する人が沢山いて、 社員達の心も動揺を隠す事が出来ません。 弊社工場もテレビの放射能情報を確認しつつ、期末決算期のせいもあり余震の大きいのも続いていて 恐る恐る三工場でフル稼動です。

レベル5まで格上げされた原発事故幸い、昨日の冷却水注入はおおよそ成功と見ていますが、放射能レベルに大きな変化が無く 私事態も恐怖で一杯ですが、とにかく今 出来る事をみんなで協力しつつ放射能漏れが改善される事を祈るばかりです。

放射能被曝専門の救援隊

工場稼動に伴い 社員達や家族の分の食料や飲料水・ガソリンの調達に頑張りました。
牛乳工場被害で牛乳は沢山確保出来たし、近所の養鶏所に行って産みたての卵を大量に売って頂いたり、 山国暮らしの知恵で缶詰やカップ麺等のストックを開放したり、豆腐やさんから豆腐や油揚げを大量に仕入れ、又オカラも沢山頂いたり 近所の鶏肉処理工場からは友情支援で鶏肉を沢山頂いて 小出しに危険をかえりみず出勤してくる社員と家族を現時点まで餓えさせずいます。 軽油はやはり、山国暮らして知恵で幸い大きなタンクにストックが有った為 ジーゼルのワゴン車やトラック等での移動をしています。

広島県から放射能被曝専門の救援隊がけたたましいサイレンを轟かせ 防護マスクを付けた職員を乗せて何十台もすれ違いました。

福島市の業務スーパー

限界集落
玉野地区は年寄りが多く、石油やガソリンを分け合って暮らしています。
どうにか山国の知恵で保存食のストックがあって細々と暮らしていますが、一番困るのは年寄りの為に相馬市で 僻地患者バスを運行していたが地震いらい何の音沙汰も無く、気分が優れない・薬が無くなった等と 年寄りにとって最悪の状態だと・・・。

区長などと話し合い、弊社の十人乗りのワゴン車を提供し、
ボランティアの運転手が年寄りを病院まで通院して頂きました。

今日の原発の放射線が流れる風向きは海側、
あさっては雨で南風で危険な風向き

何の罪も無い福島県の住民
我々の怒りは極限状態だ・・
国会議員や東京電力は現地の悲痛な状態を見に来て・・・。
東京電力の計画停電は当たり前の事。
被災地が復興するまで電気は被災地に送電すべき
支援物資は放射能流出地域を優先に届けるべきだ。

写真は、福島市の業務スーパー
レジまでの距離は気絶しそうなほど遠かったので買う気が失せてしまった。

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ブログ掲載:2011/3/21 【救援物資】

救援物資

相馬市市民会館と避難所には日本全国から寄せられた沢山の救援物資が・・・・。
被災地にとって全国の善意の物資は大変ありがたく感謝に耐えません。

救援物資

陸の孤島
玉野地区はガソリン不足や買い物に出かけても食料品の調達は不可能に近いし
一人暮らしや老人の家庭では食料が尽きたと悲痛の声が・・・・・・・。

皆で手を取り合って
玉野地区にも議員を通じて援助物資の提供要請を受け入れて頂き区長や有志達に頂いた救援物資の分配の手伝ってもらった。 一人暮らしや老人宅と考えたがいまや陸の孤島と化した玉野地区160戸全員が何らかの食料不足やトイレットペーパなどが不足しているので160戸全戸に少しづつ分配することに。

相馬や原町では逃げ出す人々が多く迷彩服を着た泥棒達が
被災地に集合し始めたらしく警察や自衛組織で見守りをはじめたと、

此処、玉野でも逃げ出した家族は8戸に及ぶ 自分だけが・・・の考えの方が逃げ出した。 が、地区や困った人達に愛の手をと考えている方々も大変多く今後 皆で手を取り合って玉野地区も復興させたい。

救援物資の分配
放射能
川俣町では牛乳から微量の放射性物質が・・・・・。
直ぐ脇の飯館村では大気中の放射線量が他の地域と比べてすこぶる高く、飲料水は基準の3倍の量に 現在の放射線は日常生活や今すぐ身体に影響は無いと曖昧な発表をしているが 本日予定されていた官直人総理大臣の現地視察は天候が悪いので中止だと********。

雨や雪は大気中の放射能を吸収付着するので濡れると危険だから中止したのだ 飲料水から放射能が検出された以上 福島ブランドの農作物や海産物初め加工食品まで風評被害で大変なことになって来る。

社員達の一服の時間
社員の妻(火葬済み)の供養を近所の住職にお願いし僅かの身内と弊社役職社員とでとりおこなわれた。 災害の被災者となった社員は話す。 葬祭場は係りの社員も災害者が多く人手不足で棺おけが幾重にも並べられ火葬の順番を待つ。 その間はお通夜や葬式などの人の集まる事は全て中止 霊柩車はお貸しするので自分達で運搬や運転して予定時間に火葬場まで運び 火葬が終わったら次の人に操作方法を伝え 骨壷を自宅に安置し昨日に至った。
尚、正式な葬儀は4月になったら質素に執り行う事となった。

写真は事務所のストーブに牛乳を沸かし
社員達の一服の時間にカフェオーレにして振舞っている。

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ブログ掲載:2011/3/22 【地震・津波・放射線】

津波の被災地から登る朝日
地震・だけでも驚異的な被害だったのに 20分後の大津波で沿岸部の広範囲に甚大な壊滅被害をこうむり 又、直ぐに福島原発の放射脳漏れが被災地に決定的なダメージを与えた。

逃亡者(避難とも呼ぶ) が続出、子供や妊婦は避難すべきだが 消防の分団長2名・某社の役員・某土地改良(ダム)管理者・その他沢山の要職に付く重要なトップが責任を放棄して逃げた・・・・・。 自衛隊や消防庁の方々は見えない敵 高濃度の放射能に国民の為 命を掛けて立ち望み 懸命に放射能漏れを終息すべく戦っているのに・・・・・・・・?????????。

今回の災害で人間のみにくい煩悩を垣間見てしまった、 反面 皆で頑張り現状を打開しようと立ち上がった有志も数多くいる。

ヘリが飛ぶ

玉野地区はガソリン不足で新聞の配達中止・パソコンのメールも不通。
昨日JAのスタンドで地区民にガソリン20ℓ・石油20ℓ合計5千円で供給され
病気などの緊急時や食料の調達等の不安要因が僅かに緩和されました。

只、放射能漏れが今後どれだけ悪影響を及ぼすのか?
牛乳は出荷停止・野菜やイチゴも出荷停止が複数の県で実施され 水道水も放射線を基準値を超えた量を含んだ飯館の大蔵ダムからは相馬市の上水道として供給されていて 命の源の水道水が健康や経済に大きく影響を与えるので今後の推移を注意深く見守りたい。

石油ストーブで沸かした牛乳に張った牛乳の皮を箸で掬い取り、醤油を掛けて食べる、何とも贅沢な食べ方です

昨日も私のところに善意の心が・・・・。
サンベンディング福島の千葉社長からは栄養ドリンクとペットボトル飲料を大量に頂き 埼玉の従兄妹の美香からは 不自由している物資を送りたいと申し出てきて佐川便営業所止めで送ってくれると 心温まる申し出は感謝に耐えません。ありがたや・ありがたや
本日も精一杯あらゆる面で行動していきます。

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ブログ掲載:2011/3/23 【国道115号線】

混雑する国道115号線

国道6号線が不通になり
4号国道とのアクセスは被爆地域の通行止めにより
115号線が被災地に向けた大動脈に・・・・・。

写真は夕方 機動隊と警察は、けたたましい赤色灯を燈火し
自衛隊の・消防自動車・バスなどの車両等で普段平穏な115号も混雑状態です。

帰郷ラッシュの国道115号線

こちらも115号線。
避難を続けた人々の帰郷ラッシュ。

避難とは難しい、避難所で生活等と安易な考えで逃亡したのだろうが プライバシーも生活環境も最低限の生活を確保出来るだけ 3日もすれば耐えられなくなって多少の放射能を浴びた方が得策と考えたのか・・・・。

帰郷ラッシュの国道115号線
玉野の今朝、放射能をたっぷり含んだ雪が*********。
飲料水汚染は飯館村・川俣町・月館町・南相馬市等で検出され牛乳や路地物野菜等は 特に高濃度の放射能が出た。風評被害が怖い・・・・・。

農家等には東電と国とで折半し保障すると言うが お金で解決できない心の被害や子供達の将来の健康問題は誰が責任取るのか。 因みに放射能が多く検出された飯館や福島・川俣は原発からの南東の風に乗って山脈の隙間を通り抜ける風の道だったと。

いずれにしても見えない物質の放射脳は何処まで人間社会を蝕むのか。



中国人研修生

弊社にも中国人研修生が2名いるが、中国の母国から帰還を進められたが来日して半年なので まだ、帰らないと残りましたが、近所の食鳥処理場の女性研修生30名が全員帰国してしまい 今後工場の運営に支障が出てくると深刻な事態を訴えていた。

タイミング良く茨城県中小企業同友会の尾形氏から電話が入り 南相馬市の見ず知らずの避難民25名を数日に渡り自宅にて面倒見ているのだと…。 それも本日で打ち切りに…。何でも茨城県八千代町は有数の野菜生産地だが中国研修生の労働力を頼っていたが 250名も中国人研修生が帰国してしまい、野菜農家での人で不足が深刻化し、議員等から要請があり非難している方々に呼びかけている。

住宅の無料提供や農作業手伝いで時給800円支払うと 放射能の汚染問題も在るがこのまま放置も出来ず農家も高齢者が多いので 村上げて移住者も含め農作業者を求人している。 尚、3ヶ月以上の雇用契約を結ぶと20万円以上の所得保障とアパートが無料で使用できる。 南相馬市の25名も全員八千代村に移動し農作業に励むのだと…。

福島市のスギ花粉噴出の瞬間

2011/3/23現在の玉野。
まだ放射能汚染の報告は無く、牛乳の出荷停止や採卵鶏や食鳥の餌が入荷できず 早急に与えないと餓死してしまいそうだと今日は市の援助物資で一軒5キロの米が市内全戸に届き 玉野地区では昨日救援物資を頂いた物資を婦人消防団の方々が分配し各家庭に配布されます。

病人等は患者バスの運行が停止している為、弊社のワゴン車(10人乗り)と日新殖産のマイクロバスで 日にちを定めて運行しています。

ガソリン20ℓと灯油20ℓは昨日まで2回目の配布が無事終わりました。
朝は積雪が有り寒い日が続いています。
玉野地区からの逃亡者も半数は帰還した模様です。

固定電話・携帯電話・電気・インターネットと問題なく使えますが、パソコンのメールについては接続不能です。 JAの売店には、まだ調味料や食品も若干残っていますしガソリンについても非常用に確保して有ります。

一番の問題は原発の放射能漏れを早急に停めて欲しいものです。

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ブログ掲載:2011/3/24 【恐怖・・・・巨大津波******放射能。】

レストラン

相馬工場稼動状況を調べながら
相馬港や火力発電所・原釜魚市場・松川浦周辺の被害状況を調査に伺った。

写真は海水浴に来た事のある人なら見覚えのあるはずのレストラン
高台のレストランも御覧の通り
右側に民宿や栃東関等が夏場に合宿する施設も何もかも津波にさらわれ
高台の山までガレキばかり。

シシドスーパー

魚を安く販売すると県外からも買い物客が殺到した
シシドスーパーも・・・・・。

火力発電所周辺の被害状況

写真やテレビの画像で被害状況を見るのと違って
この下に何人の死者が残っているのかと考えると背筋が凍てつく。

松川大橋と相馬原釜魚市場

松川大橋と左側の建物は相馬原釜魚市場
津波で流された建物のガレキが道路を遮断し通行不能に。

潮干狩りの海岸

普段だと潮干狩りが解禁になるが、湾は車や船・建物が沢山沈んでいる。

海水浴や潮干狩り青海苔の養殖は土砂やガレキや被災者が流されていて
元のように現状復帰出来ないにしろ、数年経過してからでないと湾内開発は出ないだろう。
民宿もたとえ建物の復帰が完了しても
放射能の影響で魚も汚染されているし、漁船も失ってしまっているので
新鮮な魚介類が売りだった相馬の民宿にもかげりが出て来るのでは。

浜街道を新地側に

相馬火力発電所から浜街道を新地側に進むと道路は遮断されていた・・・・・・。

浜街道を新地側に
玉野情報(2011.3.24現在)
最低気温はマイナス7.5度と真冬の寒さですが、日の出が早く太陽が出ると暖かくなり さほど気に留めた寒さではない。

玉野の水道組合が放射能分析を行ったが、雨が降る前の摂取だった為か 放射能は検出されなくひと安心・・・・・・・・。 と、思いきや今、テレビで相馬市の牛乳から放射能検出のニュースが・・・。 当然昨日の雪には放射能が含まれていて土嬢に静かに溶け込み生き物を蝕んでいくのか等と考えると恐怖がよぎる。

昨日相馬市より一戸5キロの米の配布とピラフのような外米の加工食品(レンジで暖めるだけ) と魚の缶詰2缶が配られた。 日新殖産も食鳥工場の稼動が始っていますし アグリテクノでは鶏卵の販売もしているので近所の方は是非お買い求め下さい 因みに1箱60個で1400円です。 鶏肉も予約すればB級品を格安で販売してくれます。

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ブログ掲載:2011/3/25 【大震災発生から二週間】

留め置き業務が開始
大震災の悪夢から今日で二週間目
被災された方々には心よりお見舞い申し上げます。
私も無我夢中で動き回っていたので、月日の経過が解らないほど、けたたましく過ぎた。
玉野でも新聞の配達が始まり 携帯電話もつながり易く風景だけを見ていると震災前となんら変わりなくも伺える風景だ。

只、放射能が牛乳から検出されているので、飲料水は心配だ。 玉野地区は引き水の水道を利用している方が多く、放射能を含んだ雪が溶けずにいまだに積もっているのが この雪が溶けて引き水に流れ込んでくるのが恐怖にも思える。 只、学者は放射性ヨウ素は一週間で半分の値まで下がり長く留まらない物質なので 必要以上に心配は無用だと********。

写真はヤマト運輸の相馬営業所昨日より留め置き業務が開始され 埼玉の従兄妹から大量の生活物資が大箱で届いた。

福島県産の野菜
昨日、福島のスーパーが普通に営業していると聞きつけ、社員たちの食品を買い求めに向かった。 まだ入場制限の販売で多くのお客が並んでいたので断念し、 隣のディスカウント八百屋でバナナでも買おうとして入ったらダンボールにマジックで福島産キュウリ大特売 と書いてあった・・・・。 値段は公表しないが1箱で1トレー分の単価で春菊・ニラ・キャベツ・イチゴ等が 捨て値で販売されていたので社員達の分も含めて福島県産の野菜を大量に買い求めた。

八百屋のバイヤーが携帯電話で大声で 【築地市場には福島のトラックは入れなくて荷物を積んだまま戻っているのだと】

地震が来て津波・原発事故・風評被害と 推理小説のストリーのように誰もが思いもしない悪い事態へと流れていっている。 この先々幾多の試練が訪れるのか今の現実でさえ恐怖に思うのに。 福島産の全ての産品は今後どうなってしまうのか・・・・。

福島県相馬警察署

福島で大量に買い求めた野菜を相馬工場に配り終え 帰宅途中・・・粟津(バイパス建設中)の道路脇の電柱にしがみついて力尽きた老人が・・・ 直ぐ車を止身体の状態を尋ねると、グルグルと目まいがしたのだと平常心を取り戻した ワゴン車に呼び寄せ送りますと言って出発したのは好いのですが、 自宅は何処と訪ねても相馬市だと・・相馬市の封筒をみせて中を確認すると現金三万円だけで 身元の解る物は無く、再度尋ねても相馬しうううん・・と痴呆が入っているようだったが 何とか名字と名前だけ解ったので市役所に行って調べてもらったら 名字が変わっていたので直ぐに磯辺の被災者である事が確認出来たが 連絡の手段が無いので警察署にお願いして帰宅後家族に引き取られたと連絡があった。 親戚に避難していたらしく、今田地区から数キロの道を歩いて磯辺まで帰ろうとしたらしい 被災地が心配だったのだろうと目頭が熱くなってしまいました。

今日、先程家族の方がわざわざ私の会社まで御礼に御出でになり 被災しているにも拘らず出向いてまで御礼に来られ恐縮致しました。

吉野家の牛丼

福島で営業していて温かいご飯と牛肉
普段当たり前に食べていたご飯がこんなに豪華に且つ懐かしく有り難く
感謝して美味しく頂きました。

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ブログ掲載:2011/3/26 【真っ白な雪。】

真っ白な雪。
玉野では、夕方から大粒の雪が降り続き 朝には写真のように季節外れとも言える積雪が有りました。 色々な情報が飛び交い、放射能のリスクが問い質されているが降雨や降雪には大気中の放射能を取り込んで地上に降り注ぐのだと・・・・。

だとすれば今日も降り積もった雪には大量の放射性ヨウ素が含んでいる事になる 昨日のブログでも紹介したが、山国に住む我々の水道は沢に流れる湧き水を利用しているのでこの様な降雪があると・・・さすがの私も飲用水は大丈夫かな〜と一抹の不安を覚える。

写真のように、目で見る限り雪の色は純白で普段の雪と外見上は変わりない。

相馬では瓦礫の片付けや行方不明者の捜索が進んでいない。
放射能の影響かテレビで見る、他県の状況とは違って重機での片付け送れていて まだ手付かず状態で静かだ 昨日相馬港から第一号の支援物資が届いたが、相馬市ではガソリンや食料はまだまだ末端まで行き届いてない。

朝のNHKテレビで被災者が訴えていた「炊き出しのおにぎり一個と飴玉一個だけだけだったと」・・・・・は有り得ない事で、玉野でも炊き出しのおにぎりを送り込んでいるし現におにぎりは過剰気味だと伺っている、又、全国の方々の善意の救援物資が沢山届いていて 相馬市の職員の方達が不眠不休で対応しているので、被災者に食料の不自由は無い。 過剰な表現で視聴者に間違った報道を伝えるのは、如何なものか?

ガソリン

昨日恥ずかしながら緊急車両なるステッカーを福島市の取引先スタンドから頂いて さっそうとステッカーをかざし給油に伺ったが 緊急車両のステッカーを持った乗用車でごったがえし結局売り切れでイソイソと退却してまいりました。

福島ではガソリン以外は営業するスーパーや飲食業も目に付くようになり
福島は相馬と違って普段の生活を取り戻しつつある。

阿武隈東道路の建設も一時中断

阿武隈東道路の建設も一時中断。
震災が平常に復旧しない限り工事車両が115号の通過が難しいし
来年度予算に関しても震災復旧が進むと3年後に開通予定だったが先々の見通しは暗い。



感謝感激感動
弊社は震災3日目からフル稼働しています。
相馬の工業団地 東地区は水害ですべの企業て復旧の見通しが立っていない。 西工業団地は外観はそっくりしているが内部はガタガタで此処でも復旧の見通しが立っていない。 幸い弊社だけが岩盤の上に建っているため、何の被害も無く稼動出来ました。

一昨日は弊社のトラックで社員が千葉県の袖ヶ浦の某社へ製品の受注に伺いましたが、 某社の社員の方々に激励のお言葉を頂き、感謝感激感動をして無事東北道を経由して帰還いたしました。 誠に心温まるお言葉を頂戴致しまし誠に有難う御座いました。感謝・感謝。

又、福島ナンバーのトラックなどで途中のスタンド等では、 福島が可愛そうだ。ドラム缶のカラがあるからガソリン持って行くか等と温かい言葉掛けに千葉県の 皆様のお心を頂戴した報告を頂き感動・感動です。

昨日は秋田県大館市の昔のきりたんぽやのお姉ちゃんから電話があり、 何か送るので欲しいものは、無い・・・・と、色々考えたが思いつく物が無かったが、 食べたい物が有った。秋田名物檜山納豆だ、中々納豆は店頭に並ばない。 電話を切ってから又、思い出したパンだ。

震災後全ての物資が不足し、電気が通じた・電話が通じた・インターネットが通じ、 食べ物も底を突いたが何とか餓死しないで済んだ。 震災直後のあの状態の時点で思い知らされた 今までが贅沢すぎたと反省したが、 今度はあれが食べたいとか考えるようになり節約や我慢する心が薄れている事に気付く。

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ブログ掲載:2011/3/27 【地震に強い岩盤。】

地震に強い岩盤
今回の東日本地震で幸い玉野地区には直接の地震被害は無かった。
昔から、霊山付近は岩盤に覆われていて地震には強いとの言い伝えがあった なるほど、相馬や福島では住宅の瓦が落ちたりブロック塀が倒れているが 玉野に近づくにつれて 殆ど外観からの被害は見当たらない。 因みに、私の家も会社の事務所や倉庫も茶碗一つ割れていない 相馬や福島で余震に遭遇すると、揺れるストロークが長く恐怖に感じる。

玉野は今年も厳しい真冬日が幾日も続き 過酷な自然環境に耐えられず今年も2軒ほど町に移転する予定だが 逆に何も無い・・・。災害も無い・・。

大自然・清き水・を利用しながら自然との共生について真剣に考えつつ棲んでいたので
放射能が降って来ようと、私は逃げ出さない決意だ。

鋳物

私共の仕事は鋳物の補修仕上げが仕事です。
1200度に溶解した複合鉱物を鋳型に流し込んで製品を作り上げる 写真のように電気炉に溶解された原材料が残ったまま電気が止まってしまうと 炉の中で冷却が進み硬化してしまい、復旧するのには手作業で硬化した鉄を取り除かなければならない。

取引各社ではこの様な被害や鋳砂装置の埋没や変圧器も災害に逢って 復旧するまで3ヶ月以上要するが、世界に輸出されていて世界の製造業にダメージを与えているので、復旧には超大手の親会社から多大な人員が送り込まれ復旧に全力で望んでいる。




玉野地区は飯館村に隣接している。
毎日飯館の放射能濃度の異常が報道されたり、土壌にもヨウ素が大量に含まれているとか の報道に飯館町長の菅野氏はマスコミに渇を・・・。 国から何の説明も無いままメディアだけが勝手にデーターを報道し村民の被害心を逆なでしていると。 実際私共も直ぐ隣村で生活しているので 風評被害が心配でしょうがないのが本音だ。

報道もおかしい・・・・。
私の記憶では 福島県野菜の放射線影響の第一報の汚染で 飯館村のブロッコリーから放射線を感知したと・・ 飯館は標高が高くビニールハウスを3重に張り巡らせて加温してもブロッコリーの栽培は不可能だ。 正しい情報を提供してもらわないと。 世界各国に報道されているのだから。

今後飯館村の飯館牛・飯館高原野菜・飯館の花卉などに甚大な風評被害が広がり この村での生活を断念し集団で町に移住する事態になりかねない。

いずれにしても早く原発の放射能漏れが早く落ち着いて欲しい。

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ブログ掲載:2011/3/28 【震災発生から半月経過。】

大手のスーパー
地震・津波の震災から半月が過ぎた。
相馬でもスーパーやホームセンター等の営業が開始され 野菜やパン・カップ麺・豆腐・牛乳と生鮮食品が普段通りに陳列されいてた。 只、あんパンやパン類は1人1個・牛乳や豆腐も一人1個と制約した商品が多かったし 野菜に関しては福島のディスカウントの八百屋の3倍以上の値段。 しかも福島や茨城産だ。

買い物したのは、全国チェーンの大手のスーパーだったが、現在の売り手市場を利用した 便乗値上げとしか言いようの無い値段設定には驚いた。

一向に好転せず
原子力発電所放射能漏れ。
一向に好転せず 日増しに危険な状態に進んでいる原発・・・・。
後世まで脅かす放射能。

農産物の風評被害に続き工業界でも風教被害がでている。 福島の某企業が出荷した鉄鋼製品にも外国から厳しい放射能検査を要請されいると聞いて何で鉄鋼製品にと疑問を持っていたが、 昨日友人が来て、相馬地方の瓦礫から出てくる屑鉄は再生業者が引き取ってくれないと 放射能のに汚染された鉄は溶解しても残留濃度に微妙に現れてくるのだとか。

今買い物の最中に同友会の原町在住の先輩夫婦とバッタリ出くわし現状の立ち話によると、 原ノ町は自主避難地域なので買い物する店も住人も居なく、まるでゴーストタウンなので相馬に食品の調達に来たと。 先輩夫婦は縫製関連の仕事なのだが、既に風評被害にあっているのだと 南相馬市で制作した製品は放射能を含んでいるとの見解で売れないらしい。

この先、まだまだ放射能漏れによる予想の出来ない風評被害や 原子力発電所の異常トラブルで 100キロ圏内の退去命令が発令されないよう祈るばかりです。

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ブログ掲載:2011/3/29 【震災被害】

役所関係の手続き
昨日、溜まりに溜まった役所関係の手続き等で相馬に出掛けました。
社会保険事務所・安定所・基準局等と・・・・・。
社会保険事務所は地震後帰宅し消防団の広報車で非難を最後まで呼びかけ大津波の犠牲になった社員と 社員の妻は原町にパートの面接の帰り浜街道を帰宅途中津波の犠牲になった 二人分の埋葬料請求や資格喪失届けの申請でしたが、埋葬料については僅か5万円だけと少額なのに驚き、 今まで積んだ厚生年金は何だったのかと失望を・・・・。亡くなった社員は小学生の子供が居て、幸い18歳 になるまで遺族年金をもらえるというのがせめてものの救いだった。

リーマンショックで失業した人達が殺到した時もハローワークは大変な混雑でしたが 今回も会社が流され失業した人々や緊急雇用調整助成金を申請する事業主が超満員に成る程押しかけていて、 私の手続きまでは今日は無理だと言うので引き返しました。 よく考えたら、原町の安定所は避難地区なので原町管轄の人も沢山押し寄せて込み合っていたのだ。

避難所

亡くなった社員の家族を尋ねて避難所に・・・。
市営の福祉施設で会議や200人規模の集会やコンサートの出来る施設に彼の家族が居ると聴いて尋ねるが、 遺体を火葬し新潟県に非難していて30日に相馬のアパートが借りられそうなので戻るのだと。

ガラス張りの自動ドアをくぐると 正面に受付のようなテーブルが有って、非難した人のリストが提示されていて、 写真左にはジュース類やバナナなどの救援物資が自由に利用できるように成っていて、 此処だけ見ている分には避難所生活も不自由が無い様に伺えたが、 一歩大きなフロアーに足を踏み入れた瞬間、 異様な殺伐とした空気に思えるほど、 フロアーはジュータン敷きなので板の間ほど冷たくは無いが自分のテリトリーを確保する為、 布団などが敷き詰められ大きなフロアーが満杯だった。

家や家族を無くした磯辺地区の方が震災後半月が過ぎても原発の放射能漏れで、 一向に進まない行方不明者の捜索や復旧にいらだちを感じているのと、 大きなフロアーでプラバシーも保てない状況で心まで疲弊しているように伺えた。

一刻も早く、被災した方々に仮設住宅やアパートに移れるように
無力な私は心から願うだけだ。

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ブログ掲載:2011/3/30 【震災の爪跡】

飯館村役場

震災の数時間前に、千葉県の袖ヶ浦の某社へ製品の発送を依頼したが何日過ぎても届いていないと連絡があったが、 依頼した運送業者は原発30キロ圏内の屋内避難地域の南相馬市原町区にある。 食料や燃料の確保と緊急依頼の仕事もどうにか見通しが付き始めたので 昨日、飯館村経由で原町に向かった。

飯館村役場

放射能の値が一番多い飯館村役場。
私の地域との隣接地域で車で15分〜20分の位置の高台に飯館村役場がある
放射能の値は此処の前で測定され全国に報道されている。

菅野村長は、 報道だけが先走り大変不名誉な風評被害にさらされているのに
国からは何の説明も無いと激怒している。

飯館村役場の脇の運動公園
役場の周りは近代的な老人介護施設や綺麗に整備された公園などがあって 一見、本当に山の中なのかと目を疑うほど整備されている。

飯館村は水道水からも放射性ヨウ素が検出され水道水の使用を規制しているし、遠方に避難している家族が多いと聞いていたが、 途中コンビニエンスが開店していたので立ち寄ると、おにぎりやお菓子その他の生活物資が 相馬市のコンビと比べると3倍は多く入荷していた。 店員に尋ねると飯館の人達は逃げ出さないで此処で頑張っている 店も、皆のために仕入れに最大限の努力をして集めているのだと・・・・・・。 30代の女性が何気なく話す言葉には強烈な重みを感じた。

自衛隊の人員輸送車が整然と並んでいる。
震災の被害は飯館村には無いはず・・・
同じ光景を鹿島町のサテライトの広場でも見た。
30`圏外に遠巻きに人員輸送トラックを配備し
原発事故の緊急事態に備えているように見えて気持ちが悪い。

国道6号線登り方向

飯館の八木沢峠を越して原町に入るまでは車の通行量も平日と変わらない。
国道6号線登り方向に車を進めると、想定どおりに走っている車は地元の軽トラックだけで道路脇の店舗は全て閉じられていて人の姿は無くまさしくゴーストタウンだ。

運送業者

やっとの思いでたどり着いた運送会社。
電話を掛けても不通状態だったので、入り口に連絡よこして欲しい旨の張り紙を張ろうと準備して行ったが、何と人の気配が・・・。 事情を話したら昨日荷物は福島まで届けてあるとの返事で安堵感が・・・・。

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ブログ掲載:2011/3/31 【震災の爪あと・・・2】

原発30キロ圏内立ち入り制限区域

運送会社をあとにし、運転しながら大きなオニギリ2個を頬張り
原町火力発電所の脇を通り抜ける通称浜街道を通過(此処で社員の妻が津波の犠牲に)
瓦礫で地震前の景観は大きく変貌していた。
道路も至る所で寸断され殆ど手付かずの状態で途中から鹿島に抜け、6号線を相馬方向へ

写真は原発30キロ圏内立ち入り制限区域の表示が・・・・・。

自衛隊の人達による遺体捜索

相馬道の駅から 海岸に向かって進むと磯辺地区方向ですが、6号線から300メートルも向かうと、 川には瓦礫が散乱し柏崎地区には前回来たときと何ら変わりなく瓦礫の山・・・・・。

磯部に向かう途中、自衛隊の人達が遺体捜索するのに泥土に棒を差して探っていた。
玉野の消防団も遺体捜索に要請が掛かって捜索しているが 半月以上過ぎているので遺体も腐敗が進んで匂うのだと。

海浜自然の家

磯部の魚市場も見る影も無く
遠くに見える白い建物は海浜自然の家

田圃の真ん中の直線道路

磯辺から岩の子浜に向かう田圃の真ん中の直線道路も
見渡す限り松ノ木の倒木で覆われて、田圃の面影は無い。

ビクともしない丹下左膳の碑

巨岩で出来た 丹下左膳の碑はビクともしない。
此処は瓦礫が片付けられトラックの交換場になっていた。

民宿杉ノ目

浦の直ぐ前の民宿杉ノ目
一階部分は壁が無い

文字島

文字島の前では被災のあとかたずけ
海水で泥を洗い落としていた。
何処の民宿も一階部分は壊滅状態だ

報道カメラマン

この狭い道路まで進んでいくのは、私と報道カメラマンぐらい
私は、現状をこの目で確認する為訪れている・・・・・・
けっして野次馬では無いと自分に言い聞かせ車を進めた。

岩の子浜 旅館はやしや

岩の子浜 旅館 はやしや
鉄筋作りのせいも有るのか一階部分だけの損傷でこの付近では軽症な方に思える。

中州

対岸に見えるのは中州
中州の堤防や松林も津波で削り取られ、外海と繋がってしまった。

打ち上げられたクルーザー

松川浦の港に停泊していた殆どの船が
瓦礫と一緒に漁船やクルーザーまで
打ち上げられ痛々しい程に大津波は甚大な被害を与えた。

津波にさらわれたイチゴ園

相馬の春一番観光地
和田のイチゴ園、イチゴ畑は全て津波にさらわれ御覧の様

被害の大きい沿岸部

この辺に津波の犠牲になった社員の家が有った筈だが全て津波にさらわれてしまった。
原子力の放射能漏れの影響なのか、相馬や原町では遺体の捜索や瓦礫の撤去作業は 遅れに遅れ苛立ちを覚える。

原発の放射能漏れだけでも何とかして欲しい。

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ブログ掲載:2011/4/1 【地震被害から3週間】

相馬市の東グランドに建設中の仮設住宅の工事現場
地震から3週間が過ぎた。
強い余震は日に幾度と発生している、今では震度4程度の地震では驚かない程に
地震に馴れてしまった。

写真は相馬市の東グランドに建設中の仮設住宅の工事現場ですが、 完成するにはまだまだ時間を要する様ですが、 同時に相馬の市営住宅初め民間のアパートは被災者の方々や避難地域からやって来た人達が、 先を争うように入居が進み空き部屋は無く完全に満杯状態になってしまった。

昨日、某社の先輩社長が電話で、津波の被災者の方々はもう二度と 海に戻りたくない、海の見えない場所で暮らしたいと言う要請が多くでているので 何とか、玉野地区の空き屋で住めそうな所をピックアップして欲しい旨の電話が入りました。

玉野地区に移り住んでもらうビックチャンスなのですが、 まだ行動を起こしてはいませんが 何処の空き屋も床が抜けていたり雨漏りや外観の剥離等とまともな 空き屋を探すのは至難の業に見えるが、これからデジカメ片手に行動に移したい。

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ブログ掲載:2011/4/4 【頑張れ・・・・】

少ない空き家・・・
頑張れ・・・・・
震災から3週間が過ぎても放射線流失が続き
福島県の被災地は、一向に行方不明者捜索や瓦礫の撤去作業が進まず
被災された方々は苛立ちと将来への大きな不安を抱き
まだまだ多くの被災された方々が避難所での不便な生活を送っている。

そんな中、
先日のブログで紹介したように、津波で被災された人達は 海や水への恐怖心から
静かな場所で第二の人生を送りたいとの想いがを持つ被災者達が某社の先輩社長へ訴え
是非、玉野で空き屋を探して欲しい旨の要請で先日玉野地区の空き屋をデジカメ片手に探しましたが、
実際すぐに住めそうな住宅は1軒だけ、
十年以上放置され廃墟・・同然で屋根と外壁だけは何とか使えそうな住宅が3軒だけだった。

相馬のアパートは原町や小高などの人達や震災にあった方々が
先を争うように借りまくり今では、空き屋は一軒も無いと・・・・。
玉野に移住して頂くビックチャンスだったが現実的には個人ではどうにもならない


津波の犠牲に
津波の犠牲に
弊社の社員も、又、社員の妻も大津波の犠牲に・・・・・・・・。

昨日社員の妻の葬儀が葬祭式場でしめやかに執り行われました。
享年49歳、まだ小学生の子供もいて慰めの言葉も無い。
原町でのパートの仕事の面接が終わり、地震直後に社員と電話連絡を取ったのが最後で
帰宅途中に大津波の犠牲に

磯部の社員は
相馬工場で地震後帰宅し、家に到着後消防の広報活動に7名で勇敢にも
大津波の襲来を多くの人に告げていて津波の犠牲に。

遺体は発見され火葬も済み
現在はアパートが借りられ父母と小学生の息子とで仮住まい生活を過ごしている
父親によると、屯所のシャッターが地震で開かないく皆で困惑していたので大工
の父親がバールでこじ開け息子達を送り出したのだ。
母親いわく・・。
消防の団員でも、広報に参加せず逃げた人達は全員助かっていたと・・・・・。
彼の葬儀は殉職となるのでまだ決定していない


舩が塞いでいる・・・
頑張れ日本
4月6日、中小企業家同友会相双地区で会員が社会保険労務士をしている方が
現在の危機的現状下での雇用の維持・政府の緊急対策等についてのセミナーが行われます。

相双地区(双葉町から新地まで)の中小企業は地震と津波とで危機的なダメージを受け
数百社は事業所ごと津波にさらわれてしまったり放射能での立ち入り禁止区域だったりと
失業者は相双だけで3万人を超えると。

福島原発放射能対策・瓦礫の撤去・農家への保障・震災復興・・・・・・・・・
今回の震災で国家予算以上の天文学的な歳出が出るという
まだまだ全体の被害状況が掴めていないが
損壊した製造業の生産施設等によっては物資不足や電力不足等によって
未曾有の経済不況を呼び起こさないよう祈るだけだ

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ブログ掲載:2011/4/5 【日の丸】

日の丸
日の丸
地震・津波原発事故と世界の歴史上最大と言われる大災害
一国の災害が1ヶ月近く全世界のトップニュースになった事はなく
世界中の国々が日本復興に向けて応援の手を差し伸べていると・・
又、大災害にも関わらず日本国民の冷静で一致団結した行動と助け合いの姿が伝わり
《頑張れ日本》 と世界中の人々が応援している。

写真は甚大な津波に襲われた宮城県山下町で瓦礫にかざされた日の丸です。
何故かこの日章旗を見て心が和み元気を頂きました。
この災害がもしアメリカだったら星条旗があらゆる所で掲揚され
国民に勇気を与えているはずだ・・・・・


列車が、こんなに・・・
土曜日
息子二人と研修生を連れて 新地町の新地駅を訪ねた
電車が駅に到着と同時に地震が発生、 乗客に警察官二人が乗り合わせ
とっさの判断で乗客を非難誘導させ乗客の命を救った話は心が温まる。

現地を訪れると列車は折畳まれような状態で、まるでゴジラに襲われた様にも見える
駅から海までは一`ほど、避難した新地役場までは4キロの道のり
お年寄りはついていけなくなり警察官が非難する車を止めて乗車させ、多くの命を救った

元はどこに・・・
線路は飴細工のように
グニャグニャと曲がっていて常磐線の再興には大変な費用と歳月を要する。

無事だった
ときわや食堂
新地町から6号線を北上 気になっていた亘理町のときわや食堂は
建物自体が古く崩れ落ちたかの様に考えていたが、何と無事で内装工事中のようで何時か又、
あのカレーとラーメンセットが食べられそうです。

全て流された
わたり温泉 鳥の海ホテル
この辺一帯は全て流されてしまい 空いた土地は 瓦礫の捨て場になっていた


取材も・・・
亘理荒浜
ラジオカーが取材していて
女性アナウンサーが泣きながら悲惨な被災地の状況を伝えていた。

言葉も出ない
山本自動車学校

線路が無い
山本町付近の踏み切り
線路はここでも流されていた。

一斉捜索
金曜・土曜・日曜に掛けて被災地行方不明者の一斉捜索が行われていた
この捜索が終わると瓦礫の撤去作業が本格化するのだというが

宮城県での撤去作業は進んでいて
原発事故で放射能が漏れている相馬や原町では手付かずのように伺える。





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ブログ掲載:2011/4/6 【頑張ろう 福島】

がんばろう、福島。
頑張ろう 福島・・・・。
このポスターは中通地区の写真やさんが創ったポスターですが
福島北医料病院の先生が新聞記事を見て製作者と直接連絡を取り送って頂いたポスターです。

頑張れ日本・頑張れ東北・頑張れ福島・頑張れ・頑張れ・・・・・・・頑張れ。と言わないでと・・。
「私達は頑張っているのにこれ以上頑張れない。
慰めに頑張れ・頑張れと言わないで欲しい」・・・・・だど〜

今回の震災は被災者は一番大変な犠牲者ですが、これだけの複合災害になると日本全てが災害被害者です。
戦後の復興は先輩の方々が血の滲む様な筆舌しがたい頑張りと努力があったから現在の先進国日本が築きあげられた。
現在の若者達の一部の人は言葉で弱音を吐きすぎている。

今、日本国民が総力を挙げて復興に取り組まなかったら日本丸は沈没してしまう
頑張ろう日本人・頑張ろう地球人

ポスターを取り寄せた、佐藤先生
昨日、婆ちゃんが背中と腰に激痛が走り脂汗を流し苦しんでいて
病院でMRIやレントゲンを取って頂いたが原因が解らない・・・・。
写真の佐藤先生はMRIまで一緒に付き添ってくれて必死に原因を調べて頂いたにも関わらす゛

先生によると84歳で働きすぎ
背骨はボロボロ状態で何処が痛くても不思議でないと・・
此処でも先生が〔昔の人は精一杯頑張って来たからと・・
結局北福島医療センターに検査入院という事に

健康な人達でさえ毎日続く余震と放射能の報道におびえ
心身共に疲れ切って今後こうした弱者病人が沢山増える恐れがあるので
身近の子供達やお年寄りの健康管理には十分に気を配って欲しい。

相馬港
昨日のブログの続きで
4月2日の相馬港から松川浦までの被害状況の記録です。

津波に耐えて残った漁船は
相馬港の片隅におびえるように身を寄せ合って避難していました。

これが海水浴場・・・
原釜海水浴場
遠き日の思い出の渚も
砂や瓦礫でこんな状態に

水陸両用車
海水浴場で
自衛隊の水陸両用車で被災者遺体の捜索

無残な姿に
松川大橋
御覧のように波ですくわれ通行止め状態

見る影もない
相馬原釜漁港市場
壊滅的な被害で漁協で一番の被害額の32億円の被害額

造船所が・・・
松川造船
こんなに大きな建物も・・・
現地を訪れる際は災害復旧の妨げにならないように注意が必要です。





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ブログ掲載:2011/4/8 【地震復旧】

復旧工事中
地震復旧
今日で地震災害より4週間が過ぎ
各方面の正常化に向け急ピッチで復旧が進んでいます。
特に某社での復旧工事は異常なほどのスピードで立ち上っており
ました写真の工場のコンクリーボードの壁の穴は巨大な蓄砂タンク
設備が地盤沈下して斜めに傾いて壊れた跡復旧には3ヶ月を要する
との見解だった・・・・が、
何と、グループ企業の筆頭専務まで訪れ復旧に全力を尽くして来週
より稼動(ほぼ1ヶ月間)で難工事をやり遂げた。
東南アジア等への重要部品の製造工場で、世界のトラック製造や車
両部品等の輸出が滞れば世界の産業界にもダメージを及ぼすので早
期復旧は必至であつた。


工場内
生産計画会議
震災後某社の生産会議では協力会社各位の被害状況や現状について
報告があったが、運送業者等からは関東に平ボデートラックで輸送
先の門を潜ろうとしたら福島ナンバーでしかも覆いが無い平ボデー
トラックでの入場を断られたり資材を搬入する業者が福島県に入り
たくないと栃木まで引き取りに行ったとか・・
原発での風評被害が多く報告された。
今後もかなりの協力会企業が風評被害にさらされる事が予想される
ので注意して欲しいと・・


荒明労務管理事務所講師
中小企業家同友会相双地区
6日夕方、フレスコキクチ相馬店の研修センターに於いて
社会保険労務士の荒明労務管理事務所講師により震災に伴う雇用に関
する緊急セミナーが開催されました。
震災後久々に出会った会員間での会話は被害状況や他の会員の安否情
報などで積る話が盛りだくさん・・・
震災後に発表になった震災に関わる助成金は安定所や社会保険事務所
等でも完全に把握されてなく、講師の荒明先生より最新の情報を入手
出来、弊社もこの危機的事態を乗り越え事業継続を図る為にも、ご指
導頂いた災害雇用調整助成金制度を利用する事に決めました。

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ブログ掲載:2011/4/9 【季節は巡る。】

玉野のヨウ素が付着しやすいほど開花してしまったフキノトウ
地震災害が発生してから毎日あらゆる面に夢中で対応していたが
昨日からは緊急の発注も一段落し
弊社は全社挙げて災害緊急雇用調整金〔休業中社員の給料の一部が補助される〕
が該当するので取引先の設備被害の復旧工事等で本格的な生産体制になるまでは
当面交替で休業態勢に入らざるを得なかった。
経営上雇用助成金等で企業活動を維持継続させるには至らない僅かの助成金で
社員達の雇用を守るにしても最低賃金に毛が生えた程度根本的に企業が継続出来る
被災地の政府施策はどうした
電力不足による生産制限・放射能の風評被害・今後益々零細企業の危機的状況は
無限大の難問を抱え先々不安感は募るばかりだ。



ふきのとう
中国にもあるが殆ど食べないと・・・・
そういえば中国料理に苦い食べ物は無い。
私はヨウ素入りのフキノトウの天ぷらとフキ味噌を作ってもらい春の恵みを香を
美味しく頂きたい。



キノコの山
ふきのとうを沢山摘んで ふと、前側の山を見ると・・・
山の木が伐採されている
此処は沢山のキノコが取れる絶好の場所だったのに********
只、
此処でも風評被害が・・
しいたけの原木の供給で有名だった阿武隈山系のナラの木も
放射能が疑われキャンセルが相次いでいると
何時まで休業を継続しなければならないのか?


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ブログ掲載:2011/4/11 【放射能測定ス】

弊社ホームページ制作・管理者(堀永女史)
弊社ホームページ制作・管理者(堀永女史)の母校北里大学獣医学部
放射線学研究室の後輩(現在は同研究室の教授)が放射線量を計測しに、
青森県八戸から堀永さんの処に測定器具を積み込み今回は教授のお忍
びでのボランティアで訪れると
南相馬に向かって計測する予定を
無理を言って私の所でも数箇所で測定頂きました
写真左の方が広告総合コンサルティング ジェネシス代表の堀永氏
http://www.genesis-web.net/



放射能測定器?????
放射能測定器?????
ヨウ素を計測
公式の測定でない為に数価は公表できませんが
弊社前での測定と牧場地帯の広がる高所地域では高所の方がレベルが倍近く 多かったが、何ら問題になる数字ではない。




古霊山の麓
標高600メートル
古霊山の麓
遠方の山には原発から仙台までの高圧鉄塔が見える
右側の山の裾から真っ直ぐ先は飯館役場・その先は福島原子力発電所
直線距離で45キロ前後で前々から放射能の値はどうなっているのか 気になる地点だった。




この方が北里大学教授の柿・・・教授
何でも放射線測定する技師は日本国内では100人程だけだと
今は公的機関からの測定要請が沢山入っているが
自分で調査したい場所に出向いて放射線の研究をするのだと・・



サンプリング採取中
土壌のサンブリング
牧草地は小石等が多く採取するには大変な苦労が
普段は生徒達に採取させるのだが・・と
獣医学科だけあって
現在気になっているのは
非難地域で放置された乳牛等の家畜やペット達
もし、感染症等に掛かっていたら
今回の二重三重の災害に輪を掛けたウイルスや細菌の恐怖 も考えられると・・・・。




地点をかえて・・・
今回採取したのは
牧草1箇所・原木しいたけ・土壌3箇所・簡易水道3箇所
一週間程過ぎた時点で再来を約束頂きセシュウムが多くでた
場合は再採取検査をして頂く事に。
自分達が立ち会って採取した目に見えない放射能、結果は
どう出るか 気がかりだ。



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ブログ掲載:2011/4/12 【震災より一ヶ月が過ぎ】

自宅脇には今年も可憐な水芭蕉
震災より一ヶ月が過ぎ
恐怖の震災から一ヶ月が過ぎた。
震災の被害にあわれた方々に心より謹んでお見舞い申し上げます
余震と見られる強烈な地震が昨日から多く続き私のように、自分
の家に住んでいてもあの日の強烈な地震の恐怖がよみがえりますが
家族や自宅を失った方々は体育館などの粗末な避難生活先で大きく揺れる地震は
心労が募るばかりで我々には心境は計り知れない不安と苦痛の日々だと察します
一刻も早く放射能漏れを回避させ復興へ着手して被災者の皆様へ夢と希望を与えて欲しい。




飯舘村
昨日、
飯館村全域が避難地域に指定された
飯館村は30`圏内に該当するのは10分の一の地域ほどだが
累積でのセシュウムの土壌汚染が多くの場所で検出され
万が一に備えて村民全員が一ヶ月以内に福島の避難場所へ移動しなさいと・・・・。
国では、補償問題については硬く口を閉ざし、とにかく非難してと言い張るだけ
飯舘村は畜産大国で飯館牛や酪農・養豚・ブロイラー・採卵鶏等の家畜が多く飼育
されていて、農家は借金に負われ今逃げ出したら返済は出来なくなるし国は保障す
るとは今時点で原発事故の補償は定かに表明していないので私は、逃げないという
農家が殆どだと聞いている。




頑張れ日本・頑張れたまの
昨日、飯館とは隣接の玉野地区に住む我々は今回の非難騒ぎで動揺が起こっていると
相馬市市長の立谷氏へでんわを掛けた開口一番、無事でよかったな〜と・・・。
現状を話し、調査等は何回もしているのでデーターはあるはず
玉野地区の放射能は安心である事を表明してほしい旨の話をした。
(データーは県が持っていて県に玉野地区の影響について発表するようにお願いする事に)
余談で市長は地震以来ずっと市役所に缶詰状態で睡眠も取れないし、一ヶ月作業ジャンパー
に身を包み陣頭に励んでいると。
放射能は現段階では何ら問題は無いが、市長としては津波で亡くなったり家屋を失い
途方に暮れている方々の自殺が一番心配で避難所には慰めにしかならないが極力足を運ん
でいるのだと・・。
テレビなどの報道番組に出演していないが・・の問いには
取材は沢山しているが放射能は大丈夫と言っているので放送してもらえないのだと・・・・。
いずれにしても、玉野は山岳地帯で山木屋地区や飯館・津島地区と阿武隈山系の頂上部の地区
が玉野を除く全て避難地区
最も、玉野が指定されると国道115号も遮断され相馬への物資輸送も出来なくなる。




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ブログ掲載:2011/4/13 【飯館村放射能汚染により計画避難地域指定】

霊山より飯館へ
飯館村放射能汚染により計画避難地域指定
阿武隈山系の玉野地区とは、隣接村の飯館村が計画的避難区域に指定されてしまい
おおよそ一ヶ月の間に村民全員の避難が決まった。
30`〜50`圏内でも放射線(セシウム)が部落毎に異なるが
田圃や畑などから異常な数価(28000ベクレル)と高濃度のセシウムが計測された。




飯館村役場
弊社は取引先企業さまが震災で被害を受け、生産設備の修復で受注量が激減し
雇用調整で急場をしのぐ為に昨日は全休態勢だったので息子達と
大変気になる隣接村を訪ねた。
緊急の議会が開催されていて大きな駐車場は満杯
タクシーや足立ナンバーなどのマスコミの車も多く目立った。
山の頂に造られた村役場の周りは
本の森・特老施設・月電工業・病院や住宅が立ち並び都会的な様相を醸し出し
本当に山の中????とうがってしまうほど・・。




村民の歌碑 夢おおらかに
歌碑を見てビックリ作詞は玉野の校歌を作詞した小林金次郎先生だ
(偉大な先生と聞いているが小生勉強不足で・・)。村外退避は当初の予定
だと一ヶ月と言っているが、セシウムの半減期は30年掛かると、不吉な言
い方だが今後もっともっと風評被害も出てくるし飲料水にまで浸透してしま
ったら・・等と考えると避難地域解除には数年掛かるのでは
たとえ3年間でも人間に放置された耕作地は原生林のように荒涼と荒れ果て
人の住んでいない住宅や施設は老朽化が進むみ倒壊する。





阿武隈山系
この山系では川内村・津島地区・山木や地区・飯館村と全ての阿武隈山系の集落が
放射能汚染による何らかの指定地域だ。
阿武隈山系最北端の玉野地区
学校の校庭では値が4と相馬市の中では一番高かった
今後調査が進み玉野も指定地域になったら等と考えると・・眠れぬ夜が続く・・。
看板の地域は放射線が多く検出されていた。



飯館牛
飯館牛
数十年掛けて築き上げた飯館牛ブランド
放射能の汚染報道で壊滅的なダメージが・・・・。
市場での評価はセリ値が付かない程暴落したと。
東京に電気を供給し続け原発では
何の恩恵もこうむらない我々遠隔地域住民
せめて福島県の牛肉や全ての農産物を東京都の住民に消費して欲しい。





牛の放牧
牛の放牧
30頭ほどの肉牛が放牧されていた、放射能汚染で野外は危険なので普通は有り得ない
飼育者が苦渋の決断で放牧したのか。





飯館の田園風景 数年後の此処は・・・・。
計画避難指定地域 村の人たちは
畜産農家は借金が沢山あって返済が免除されれば今にも出て行くと・
ある会社の経営者はやっと震災で壊れた設備を修復して立ち上げたのに今度は避難しろだと
避難となると社員も地元だし会社の存続は限界だと嘆いていた。
農協売店の主婦は
生活の保障をはっきり明示しない限り、出て行けないと。
今日明日に部落長会議があって村長が詳細を発表するらしいので
その後に身の振り方を考えるという人が多いいずれにしても、
玉野のすぐ脇の村から人が居なくなったら・・・・等々と
阿武隈山系最北端玉野の住民にも大きな不安は募る。




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ブログ掲載:2011/4/14 【放射能降る阿武隈山系】

計測準備中
放射能降る阿武隈山系
昨日、バッタリと福島県内放射能測定している所に出くわした。
写真は玉野出張所前での測定ですが、県内705箇所放射線モニタリング結果が今日の新聞で発表されました。
玉野Cの地上1メートル3.1 地上1センチ4.7
相馬市の中では断トツの高い数字ですが、阿武隈山系の沢山の地域は10を超えて危険な状態に進展するのだと・・・。





計測中
放射線モニタリングは空気中の放射線を調べていますが
比較的安全とされていた30`圏外の放射線測定が進み
10を超える観測点は土壌もセシウムに汚染され作物の耕作は元より居住すら出来ない程
深刻な数価が出ている。
写真は残雪に溶け込んでいないかと調査して頂いたが
4.5と路面の値とほぼ同じだった。





見えずらいが低い値
20キロ圏内でも放射能は山岳地帯より低く
退避指示が出され避難所で苦痛な生活を強いられている
一方、阿武隈山系に棲む山岳民族の我々には今まで放射線量が多いにも関わらず
安全な範囲だレントゲンの何十分の一程度だと言い張ってきたが
浪江の津島・葛尾・飯館・山木屋の一部は完全に土壌まで汚染されていて
荒野の大地と化するのも時間の問題だ。
玉野はまだ危険な状態まで上がっていないが、このままの放射能が漏れ続けると・・
間もなく季節は夏、低気圧は南風に変わり原発のある大熊町から南西風が強く吹くと
又、阿武隈山系の頂付近は汚染が進み山岳民族の棲む玉野地区も非難地域指定になり
 高濃度のセシウムに汚染され地域は崩壊し田畑は荒れ果て
やがて汚染された水や植物を伝って町へも・・・・・・・。


以上は推測でしたが
広島に原爆が投下され30年間は草木も生えないと言われたが
数年で元のように放射能が消え失せた
土中の細菌や植物連鎖などによって浄化されたという



桜が咲きそうな・・・
日向きの場所では
桜が咲き始めている
本来心を打つほどに絢爛な桜の花も
今年は人それぞれどんな気持ちで眺めるのだろう





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ブログ掲載:2011/4/16 【梅は咲いたか・・・。】

今年もきれいに・・・
梅は咲いたか・桜はまだかいな
史上最悪の大震災をよそに
玉野は幸い高冷地の為津波の被害も無く、
今年も何事も無かった様に コブシの花が純白の花びらを大空を舞うように咲き誇っています






あの先に原発が・・・
隣村の計画的避難が決まり、玉野地区で地域民が不安な状態だ
飯館の避難の報道発表があった時点で相馬市長に電話で玉野地区の住民は
大変不安なので何らかの対応策をお願いしたいと・・・・の答えは
県がデーターと情報は全て持っているので福島県に説明して頂くと・・・
玉野地区で放射能に対する説明会が開かれそうだと言う情報は又聞きで入手したが
詳細は一切解らない。
一日も早く手を打ってくなければ・・・・・・・・・。
地区民の不安は募るばかり。
放射能の健康被害については多少心配だが誰しも一番心配なのは
春の種まき時期はぎりぎりまで迫っているにも関わらず何ら一切の指示が無いと・・
個人の判断で種まきしても隣村で放射能避難しているのだから
自家消費する米でさえ作付けするは如何なものか?
摂取禁止になるのなら作付けするだけ無駄だし放射能が蓄積している田畑は
耕してはいけないのか?。
玉野地区での心配される被害は
牛乳(2回目の検査はOK)・採卵鶏・高原野菜・和牛肥育・ジャガイモなどの自家消費作物
沢水の安全性は等々と地区民は不安が募るばかり、早急な行政の適切な説明を願う。



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ブログ掲載:2011/4/18 【公設相馬市場復興開放中】

物色中
公設相馬市場復興開放中
震災後物資の入手不足に伴い
相馬市場が仲買人だけでなく一般市民に開放され市場祭りと称して
、 連日大勢の市民で賑わっております。
野菜セリ場は沢山の救援物資が山積みされ避難所へ配送され
魚市場の一部を開放し、野菜・果物・加工食品・鮮魚・精肉などが
市価より安く販売されていました。




お気に入りの桜
日曜日
中国研修生たちと買い物ついでに
福島の桜見物に・・・・。
花見山の駐車場に入ろうと並んだが、3時間待ちだというのでリタイヤ
裏側から回って私のお気に入りの桜をパチリと・・・。





楽しみだった桜
彼達は昨年10月に来日
日本の桜を見るのが楽しみだと、
玉野の厳しい冬を乗り越えて眺める桜の花は格別の想いがする。






満開に咲ほころぶ桜を眺めていると
地震・津波・放射線等々の事が一瞬忘れ得ることが出来ますが、
現実は現実
隣村の計画避難説明に官房長官が訪れたり原発終息工程表が出来たが
終息するには最低でも半年以上掛かかると
いずれにしてもこれ以上に事態が悪化しなければの話である
玉野地区に到っては
県と市による説明会が企画されている噂だけでは納得できない、
行政では一部の検査結果だけで安全だと言っているが、安全なら安全なように
早急に玉野地区の先々について結論を出して欲しいが、
玉野も危険な事態も想定した心構えを持つ事も必要だ




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ブログ掲載:2011/4/21 【放射能と雪降る阿武隈山系】

励まし隊
放射能と雪降る阿武隈山系
19日に降り積もった雪は今日も残雪となって残っている。
大気圏まで飛び散る放射能
今回の降雪も又、空気中を漂うヨーソやセシウムを取り込んだ雪が
じわりじわりと大地に浸透し数年かかって地下水からふたたび出没する・・
等と考えていると放射能降る阿武隈高原で暮らしていけないので
放射能が人体に耐性がつくのであれば高原で暮らす我々は
沢山浴びているので耐性がつくのが早いはず。
写真は中国の送り出し機関から研修生を励ましに二度目の来社
中国に限らず諸外国は日本で暮らす自国籍を持った外人は
自国のチャーター便を準備し無料で帰国させている。
弊社の研修生は帰らないと決意しているが近所の某社では8人帰国させているし
フィリピンや中国からの花嫁達も子供を連れて帰国している
今後まだまだ色々な弊害が出そうだ。



山は春です
季節は春
普段の年であれば春爛漫と
浮かれて花見で心を癒していたが、
今年は何故か桜を観ても心から綺麗だと感動を覚えないのは私だけか・・・・・。
写真は114号線阿武隈川の橋上から撮った
花見山の全景です。
原発事故の終息の目処が付くのは早くて一年を要するらしい
来年は今年の分まで盛大な花見の宴を催せるように
世界各国の協力を得て早急に安心して棲める元の綺麗な福島県に戻して欲しい。



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ブログ掲載:2011/4/22 【萌える花見山】

駐車場の脇から整備された 菜の花畑と花見山全景
昨日、某社への打ち合わせなどを済ませ帰り際に花見山を訪れました。
震災後、115号線は緊急車両や自衛隊・機動隊等の救援車両やガソリン不足のリバウンドなのか、
道路が大変込み合っているので、大波の峠から南福島へ通じる山道が比較的空いているのでここの
山道の利用頻度が多くなりました。
この山道は、花見山をかすかに望む事が出来、花見山駐車場の入り口になっているので駐車場
の混雑状態も伺える
昨日の帰りは4時過ぎ、観光客が過ぎ去ってガラ空きになっていたのでチャンスと判断一番近い上の駐車場に車を止め
初老一人でデジカメ片手に散策道をかっ歩するのは抵抗があったのですが
全国的に有名になってしまった花見山が空いて見学出来る事は又と無い事で早足で平地だけを散策して写真を撮ってきた。




春です
遊歩道を進むと花見山の所有者阿部さんだけでなく、近隣の農家の方達も
花卉農家だったことも有り桜等の花木を綺麗に手入れされていて
集落全体が協力し合って、より巨大な桃源郷構想を目指しているのが伺えます。





花桃

レンギョウ

ボケ

花見山
昨日が、満開の桃源郷 花見山
萌え萌え な花見山・・・不謹慎ですが一瞬 津波の犠牲者の事や放射性物質もれの現状を
忘れて久々に心が和みました。
隣村の飯館村が計画避難地域指定となって
玉野地区民の動揺は隠せません
今日、県と放射能に詳しい学者と相馬市等により玉野学校体育館で説明会が10時から開催されます。
玉野地区の牛乳は今日から安全だと出荷が再開されますが、
今後まだ大地のセシウムが牧草に吸収されふたたび出荷停止にならないよう祈るだけです。
一昨日に降った雪はまだ、北側に白く残っていて天候はどんよりとした曇り空
気のせいか、放射線物質が大気中に漂っているのではと考えると深呼吸すら出来ない。

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ブログ掲載:2011/4/23 【玉野地区放射線説明会】

説明会風景1
隣村の飯館が計画避難地域に指定され、福島県や相馬市からは何の説明も無いので
玉野地区民は動揺を隠せなかった。
市長に電話で説明会等を開催して市長が放射線は大丈夫な範囲だと励まして欲しい旨の
事を話した・・
結果の対策が県の放射能に詳しい職員達の派遣と長崎大学の医学博士の
高村 昇氏による放射線健康リスクについての講演が寒い中、玉野学校の体育館で開催された。


説明会風景2
放射線について地区民の関心は高く、平日の10時からの開催にも関わらず100名以上の
玉野地区の方々が訪れた。
○相馬市の放射線量について(相馬市職員) 
○営農・酪農の今後の展開(相双農林事務所)
○高村 昇氏の放射線の健康リスクについての講義が寒い体育館に座って行われた。
放射線の中でもヨウ素は半減期が8日・セシュウムは30年と長いが
地表面にへばり付く特性がある為に地中に深く潜り込む事は考えにくく
原子爆弾の話がやはり出た。長崎大学の博士が話すと説得力が増す・・・・
原爆投下後50年間草木は生えずに死の町になると言われたが、生物の学的半減作用
や降雨・細菌や植物が放射線物質を代謝して長崎には6ヶ月で植物が生えてきたと・・・
直接の被爆が無い限り 内部被爆(食物等の摂取)では遺伝子の破壊(がん細胞の発生元)
に掛かる確率は200分の一以下だと。・・等の説明後に
 質疑応答
一番の課題は放射能による農作物の作付けや畜産関係者が悩んでいるは
今後の風評被害や玉野の農耕地への調査が不十分で安心して作物を作って大丈夫か
学校の校庭は許容範囲ギリギリの数字だが校庭で遊んで問題ないのか
等などと行政機関も多忙だろうが
玉野地区は隣村が計画避難地域なので役所の方々への質問する言葉遣いも荒々しくなって
止め処ない不安を何処にぶつけたらいいのかと
我慢強かった玉野の住民も怒りは爆発寸前だ


野生のいのしし
津波の犠牲になった社員の家族に僅かな3月分の給料を渡しにアパートを訪問した。
間もなく四十九日になるが今日坊さんに供養をしていただいたと
津波の被害にあった自宅には戻って何か探そうにも綺麗サッパリ流されてしまい
基礎しか残っていないと・・・。
やや落ち着いた様子が伺えたので津波の話を出来るだけ相手の父親が話すのに聞き入った
一波の津波が一端津波が引いた後、軽トラックで家に戻ろうとしたが巨大な津波が松川浦
から押し寄せたのと同時に外海の松林を越えて2箇所からの津波が磯辺地区で合流した
父親はとっさにバックでアクセルを一杯踏みしめギリギリの状態で助かったが
当時自分がした事は覚えていないと
数日前瓦礫片付けの重機が流された4tコンテナーを吊り上げた所
古い冷蔵庫が転げ落ち中から1億円の札束が出てきた。
浜の人達はお金持ちが多く俗に言うタンス貯金だったと・・・・
コンテーナーの所有者を覚えていた近所の人の通報で一億円の持ち主は現金が見つかってホッとしていると。
津波で倒壊してしまった磯辺地区には住宅の建築許可は下りずに
堤防と海浜公園が奥幅2キロに渡っての開発構想が出来つつある
一日も早く地区単位で、高台などの安全な場所へ住宅の建設が急がれる。




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ブログ掲載:2011/4/25 【放射線サンプリングU】

M 牧場の標高は6百メートル程の高原地帯
昨日、
弊社ホームページ制作・管理者(堀永女史)の母校北里大学獣医学部 
放射線学研究室の後輩(現在は同研究室の教授)が放射線量の計測に、
青森県八戸から二度目の測定においで頂きました。
先々週に放射線物質の調査をして頂いていた結果の説明と今回もサンプリングして
頂ける事に、今回は6年生の生徒が卒業論文の題材にしたいと同行して来た。



説明中
4/10日に採取した放射線の分析データーについて玉野地区で一番飼育頭数
の多いM牧場に異常な値である事を説明。


計測中
ラッピングされた保存用牧草のラップを計測するが
昨日の雨で流されて大気中の濃度(1.8)と殆ど同じだった
ラップの中の牧草もサンプリングして影響を調べる。


サンプル採取中
牧草畑の土を2箇所採取
粘土質なので20センチ以上掘り下げて筒に採取するのは大変な重労働だ。



右の山が名峰 霊山(標高826)
この方向から原発事故で漏れ出した放射性物質が飛んでくる。


古霊山(782)
中世時代重要な寺院発祥の地
古霊山(782)の麓には多くの酪農家が牛乳を生産し、
一時は3.8ホルスタイン牛乳のブランドも獲得していた。



右の山が名峰 霊山(標高826)
先日の玉野地区放射線量説明会で福島県相双農林事務所では
牧草が伸びたら放射線検査をし、牧草を給餌して問題がないかとの結果で判断したいと
説明があったが。
今回酪農家の話を聴いているうちに?????と思った。
まず、ラッピングされた保存牧草は春から夏に掛けて刈り取り・乾燥・ラッピングと
全ての作業は採草地の土壌の上で行われるので高濃度のセシゥムが出ていると
難しい事になる。
酪農家は
一年間で使い切る分量を計算して祖飼料のラッピング牧草を貯蔵しているので、
5月には在庫がなくなり新しい牧草を給餌しなくてはならない牧草が伸びてから
の放射線検査ではもし、摂取禁止などに成ってしまったら主飼料の牧草を買い求
めるのにも膨大な数量が必要となってしまい国内産の在庫が無ければ外国産
となるので簡単に取り寄せは出来ないとの事だった。



次の計測地へ
今回採取したサンプリングは
土壌2ヶ所・ラッピング中の牧草・牧草(若草)・井戸水・牛糞・籾殻などを持ち帰って頂いた。
大学に帰ると今回の事故での放射線検査の要請品が大量にたまっているので
今回持ち帰る検査品は隙間を見つけて検査して頂ける
玉野地区民は今回のサンプリングの結果を大いに関心を寄せている。




こんなに綺麗に咲くのに・・・
昨日、同じ相馬市の有限会社伸栄設備さんのホームページ担当をしているSさんから
メールが入り大災害後の相馬市内の様子をブログで紹介されている方を当社HPから
リンクをして相馬市の現状を発信しておりますので是非私のブログもリンクさせて欲しいと・・。
早速是非とお願いし、伸栄設備さんのホームページにリンクが張られております。
伸栄設備さんのホームページ
http://www.shinei-setsubi.com/
是非アクセス下さい。



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